水族館プロデューサー 中村 元水族館プロデューサー 中村 元
最近の中村元掲載記事:エッセイ

長所より弱点を活かす

掲載:日本政策金融公庫(2014年)

 事業を伸ばしたいとき、あるいは事業に行き詰まったとき、多くの賢人が「長所を伸ばせ」というが、私はやらない。長所というものは世の中の常識で測られた「高い能力」のことであり、そのような長所で勝負しているライバルはいくらでもいる。中にはその能力を圧倒的な天賦の才として持っている者もいるし、努力や積み重ねによって研ぎ澄ました者は大勢いる。長所を伸ばすとは、そんな天才や秀才的な企業をわざわざライバルにして闘うということだ。
 その原理は今までの人生であなたも気づいているはずだ。小学校で飛び抜け足が速くても、中学高校で陸上部に入ればライバルだらけ。オリンピック出場など遙か夢だ。
 水族館プロデューサーとは、水族館のリニューアルや新設に当たり、最大の集客と最大の顧客満足度へと導く役割だ。しかしプロデューサーなどいなくても、水族館は完成する。したがって私に依頼があるのは、悪条件や問題を抱えているせいで、魅力的かつ集客できる水族館になるのが困難な水族館ばかりだ。
 もちろん冒頭の通り、私はその水族館の長所を伸ばそうなどとはしない。むしろ、今までの悪条件や問題と考えられていたところに目を付ける。そして①その弱点を武器に変えてしまうか、②弱点をテコに進化をさせる方法を考える。
 人里離れ厳寒の冬には凍てつく北海道の内陸部、淡水魚しかおらず、建設費は稀に見る極小という旧山の水族館のリニューアル。ここでは、低予算の弱点をテコに、建物の壁にアクリルを入れ、外に穴を掘る安価な方法で、川の水中を観察するように見せかけた。その上で、厳寒期には、凍結した川底で春を待つ魚たちが見られる世界初の水槽とした。
 氷点下20度にもなる厳寒の弱点をそのまま武器に変えたのだ。寒さの弱点を克服するなら、大きなドームを作ればいい、しかしそのために巨額の投資が必要な上に、どんなに立派なドームでも常夏の沖縄には勝てない。弱点は克服するのではない、弱点を武器にすることで他には真似のできない魅力が生まれるのだ。
 高層ビル最上階という限られた屋内と、屋根を掛けらず夏は暑くて冬は寒い屋上という悪条件のサンシャイン水族館。ここではその弱点を武器に、キャッチコピーを「天空のオアシス」としただけで、少水量の水槽でも海辺の巨大水族館にはないイメージが誕生した。
 さらに、大量の水が使えず、直射日光や雨を防げない屋上の弱点をテコに、アクリル製のペンギンの水槽を、天井と壁の代わりに仕立て上げ、広い青空を背景に泳ぐ「天空のペンギン」を開発。少量の水にもかかわらずどこまでも広い開放的な海を創造して大人気となった。
 北の大地の水族館は旧水族館の15倍、サンシャイン水族館は過去最高の集客を得たが、その原動力はいずれも長所を伸ばすことではなく、①弱点を長所にすり替える、②弱点をテコにして今までにない発想を得たことによる。「弱者だけが進化する」とは、ダーウィンの進化論にも述べられている事実なのだ。
 さて実は、長所にも使い道はある。長所とは特別な苦労をしなくてもそこそこ優秀な能力のことだ。そう考えて、長所だけで勝負をせずに、それを利用すればいい。例えば陸上競技では一番になれない俊足も、パワー重視のラグビーで活かせば超俊足だ。弱点も長所も常識的な視点を外して使うことで世界が開ける。