水族館プロデューサー 中村 元水族館プロデューサー 中村 元
最近の中村元掲載記事:エッセイ

足のあるヘビが教えてくれた

掲載:道徳と特別活動 2019年5月号「今、君たちに伝えたいこと」(2019年)

 小学4年生の頃、ボクと友だちのノリユキくんは、遊んでいた田んぼですごい生物を発見しました。なんと足のあるヘビです。首の後ろあたりに付いている2本の足で地面をかきながら、長い尻尾もニョロニョロさせて歩いているのです。
 世紀の大発見に驚いたボクたちは、さっそく捕まえようとしたのですが、そこでやっと気づきました。その足のあるヘビは、同じような模様と色のカエルをお尻から飲み込もうとしているヘビだったのです。
 飲み込まれながら身体が半分出ているカエルはまだ生きていて、ヘビから逃れようと前足をかいています。そのカエルの頭がヘビの頭に見えていたのです。
 そのことが分かると、ノリユキくんは持っていた木の枝でヘビの身体をバシバシ叩き始めました。そして「カエルがかわいそうや!助けたろや」と言うのです。
 ボクは「えっ!」と驚きました。ボクの方は、カエルを飲み込めずに苦しんでいるヘビに同情していたからです。ヘビはご飯を食べるとき、いつもこんなに苦しい思いをしなくちゃならないのだと想像したら、ひどくあわれでした。
 その意見をノリユキくんに言うと、彼も「えっ?」と驚きましたが、木の枝で叩くのは止めてくれました。そして二人は、ズルズルと藪に向かって進むヘビの口で、少しずつ飲み込まれていくカエルを、日が暮れて見えなくなるまで見守っていました。
 ボクたちは、ヘビとカエル、食べる側も食べられる側も、生きていくということはとても大変なんだという事実を見せつけられて、頭がクラクラする思いでした。
 人も同じです。食べ物となる魚を、海の上で命をかけて獲ってきてくれる人がいます。ブタやニワトリを苦労して育て、その命をつらい思いをしながら奪ってお肉にしてくれる人がいます。そして魚もブタもニワトリも、みんなボクたちのようにもっと生きたかったのです。
 ボクたち地球上の生き物は、他の生き物の命を奪わなくては生きていけないということ。それでも人の社会では、だれかが苦労して他の命を奪ってくれているということ。それをボクたちは忘れてはなりません。
 ヘビとカエルはそのことを、ボクたちに命の食べられるようすを見せることで教えてくれたのです。

 でもこのときの足のあるヘビのできごとは、ボクにもう一つの大切なことを教えてくれました。それは、ボクとノリユキくんが味方しようとした相手が違ったことです。
 ノリユキくんはカエルの味方でした。おそらくそれはカエルが可愛いくて、ヘビは邪悪だと信じていたからです。絵本でもマンガでも、ヘビはだいたい悪の手先か妖怪の化身になって出てきました。
 ボクがヘビの味方をしたのは、カエルなんて小さくてみにくいヤツとバカにしてたせいです。そしてさらに、その頃のボクが、給食が嫌いで、特にジャガイモの大きなかたまりが食べられなかったからです。ボクは、飲み込めないカエルとジャガイモを一緒にしてヘビの気持ちになっていたのです。
 どちらもまるでつまらない理由だけど、たいていの正義と悪は、考える人のつまらない理由によって決まっていくのです。
 ボクが仕事にしている水族館には、まるで異なったさまざまな生きものたちが暮らしています。その姿形や大きさには良いも悪いもなく、どれもがすべて正しい姿であり生き方です。
 そんなことがみんなに伝わるような水族館をつくるのが、あのときのヘビとカエルが教えてくれたことへのボクの恩返しです。