2022夏(vol.42) 〜水族館プロデューサーってなんや?〜
②オーナーとスタッフの気持ち
中村さんが鳥羽水族館の副館長だった時のこと。建て替えリニューアルのために銀行から多額のお金を借りる必要がりました。
テリー
「どれぐらい借りるんですか?」
中村
「100億!」
テリー
「えっ、えっ…!?」
客席:!!!!(驚)
中村
「まぁ、社長でもあった館長が借りたんやけどね。でも『社長一人ではダメだからとお前もだ』と言われて、その100億円の連帯保証人にさせられました。この時に初めて分かりました。”事業” というものがどれだけ大変なものなのかと。自分自身も怖いんやけど、この先ずっと従業員に給料を払っていけるだろうかとか、毎月ちゃんと電気代を払えるだろうかとか、動物たちの餌代は大丈夫だろうかとか、もちろん野生から連れてきてしまった生き物たちを死なせてしまったら大変なこと。もう次から次に責任が重くのしかかってきて、水族館のためにもお客を沢山呼ばなくちゃいけないんだと強く思うようになりました。」
さきほど中村さんがプロデュース案件を最後まで任せてもらえずに途中で打ち切られてしまうことがあるという話をしていましたが、
中村さん
「途中で打ち切られてしまうもう一つの原因は、オレが案件を依頼してきた水族館のオーナーに対して『こんなんじゃアカン!』と強く言って機嫌を損ねてしてしまうからや(苦笑)」
でも、それは副館長という職歴を持ち、水族館事業運営の大変さを身をもって知っている中村さんが、同じく大きな責任とプレッシャーを抱えているオーナーさんに真剣に寄り添おうとしていたからこそ。
中村さん
「水族館プロデューサーの責任としてアカンものはアカンとハッキリと言わなくちゃならないからなぁ。それぐらいのことは理解してもらわないと結果も出ないし。」
最近では中村さんのこれまでの実績が ”信頼”となって、オーナーさんと多少のケンカをしたところで「中村さんがそういう言うのだから間違いないのだろう!」と任せてもらえるようになったとか。さすがです。
③首長の気持ち
公立の水族館の場合はお客さんが入ろうが入るまいが関係ないと考える人もいるようですが、中村さんはその考えは間違いであると言います。
中村
「公立の水族館は水族館に来ない人からも税金という形でお金を取って作られた施設です。公共施設である以上は利用率が高くなければダメなんです。」
近年、利用率の低い箱モノが次々と閉鎖され、学校ですら効率を重視して統廃合が行われている中で、お客さんの来ない水族館が野放しになっていいはずがありません。その事業責任は市立の水族館なら市長に、(都道府)県立の水族館なら知事に問われます。
中村
「だから僕は市長や知事の気持ちにもなって考えるんです!」
テリー
「そう考えると重いですね。」
中村
「そう、すごく重い!でも誰かが考えなきゃアカンのよ」
④お客さんの気持ちになって考える
中村
「水族館はお客さんのためにあります。当然や! なのに『自分たちのためにある』と勘違いしがちなのが水族館の飼育スタッフなんです。自分たちに仕事場として水族館が存在し、自分たちこそ生き物を大事にしていると思っていたりします。そんな考えを持った人は水族館を作っちゃダメなんです!」
顧客視点のマーケティングとそれに基づく展示開発は中村さんの真骨頂。水族館は「魚を見に行く場所」と思われがちですが、実際のところ、お客さんは水族館に魚を見に来てはいませんでした。中村さんが人々は水族館に「水塊を見に来ている」ということを発見できたのは、常にお客さんの気持ちになって考えを巡らせていたからと言えます。
■ 水族館プロデューサーにしかできないことがある
計画書を知事に直談判した件もそうですが、水族館プロデューサーだからできること、もっと言えば、水族館がプロデューサーにしかできないことがあるそうです。先ほど中村さんはスタッフとワークショップをしながら展示開発を行っているという話をしてくれましたが、スタッフが出したアイデアや意見を適宜ジャッジしていかなくてはなりません。或いは、プロデュース案件が舞い込んだ時に、その水族館の現状の問題点を指摘し、認識してもらわなくてはなりません。
中村
「ダメなモノはダメとハッキリと言わなくちゃいけない。これは外の人間にしか出来ないことなんです。そうでないと組織の中に禍根が残ってしまう。オレ一人嫌われ者になったとしても ”結果”を出すことが大事。水族館プロデューサーは今、目の前にある展示を成功させることだけに集中すればいいんです。」
それは中村さんの性分にも非常に合っているとのこと。中村さんにとって水族館プロデューサーはまさに天職なのでしょう。
■ 中村元式 ”展示開発手法” とは
中村さんはどのようにして展示開発を行っているのか、その一端を紹介してくれました。
中村
「僕のことを『展示に天才的な閃きがありますね!』なんて褒めてくれる人がいるんやけど、実際のところ閃きなんかあらへん! 僕は天才でもなんでないからね。お客さんが見て満足するものは何か、興味を引くものは何かを考え、その実現方法や表現方法を考え、検証実験をを繰り返して、結果、あの展示スタイルに辿り着きましたというだけの話や!」
中村さんの斬新な展示手法は、しばしば「中村マジック」と称されますが、手品にタネも仕掛けも”ある”ように、中村さんも地道に且つ論理的に一つ一つ積み重ねて展示開発を行っています。今回は実例として、マリホ水族館の『うねる渓流の森』ができるまでのステップを紹介してくれました。
■ 展示ができるまで
展示開発は創案から始まります。自らの好奇心や感動を形にしていくのがコツで、実際にフィールドに出て観察することを展示に関わる飼育スタッフに強く要求しています。
中村
「広島県の天然記念物でゴギというイワナの仲間(中国地方固有の亜種)がおるんやけど、マリホ水族館は広島の水族館やし、是非これを展示したいと思いました。ただ、日本淡水魚の展示は地味すぎて、どの水族館でもなかなか水槽の前に全く立ち止まってもらえない。」
中村さんは「北の大地の水族館」おいて、同じくイワナの仲間のオショロコマの展示を日本初の「滝つぼ水槽」という形で成功させていますが、
中村
「自分の真似を自分でするワケにいかんしなぁ。それにオショロコマは地味と言われる川魚だけれど”最も美しいイワナ”と言われる魚で、滝つぼに非常に映えたけど、ゴギはイワナの中でも最も地味と言われる魚やからなぁ。」
テリー
「それはハードル高いですね。」
しかしも、中村さんは子どもの頃に沢山の川遊びをしてきたそうで、川の中にも ”誰もがハッとして心を奪われる景観” があることを体験として知っていました。激流でうねり泡立つ水の流れの美しさ、その中を力強く魚たち。ゴギの展示でその景観を再現しようと考えました。
展示意図が定まったらスケッチを行い、水槽のイメージを膨らませます。正面からだけでなく様々な角度から、平面だけでなく立体的にも描いていきます。さらに水槽が設置された展示エリアの全体像もイメージし、そこには必ずお客さんも描き入れます。
中村
「スケッチが出来たら、今度は模型を作って実験を行って検証をしていきます。川の激流のうねり、盛り上がりをどうすれば作れるか。ここではハイドロウィザードというポンプを使うことで実現できるんじゃないかと考えました。」
検証の結果「GO」となったら、設計→施工→調整を経て一つ展示が完成します。
現在は殆どがアクリルパネルの水槽が、柔らかく表面が傷つきやすいためセイウチ、ホッキョクグマ、ラッコなど牙や爪、貝殻などでアクリル水槽ではすぐに傷ついてしまう場合は強化ガラスを採用するのだとか。また、アクアテラリウムのような半水面の水槽で陸地部分を良く見せたい場合は濡れ性の高いガラスの水滴のハケが良い適しているそうです。最近ではガラスとアクリルの特徴を併せ持つテックライトという複合材も使われています。
出来上がった展示を快適に見てもらうのも水族館プロデューサーの大事な仕事です。
中村さん
「水槽の高さ、つまり一番下を床から何にセンチにして(腰高寸法)、一番上を何センチするか(天場寸法)を考えます。水槽の上部が低いと後方からは見えにくくなって、お客さんの流れが滞留してしてしまいます。また、多くの水族館でありがちなんだけど、小さな子どもでも見えるようにと水槽を必要以上に低く作ってしまった結果、大人は低くかがまないと水中が見られないようになっていることも多いです。」
近年の水族館の来館者の世代構成を考慮すると、小さな子どもの割合は全体の5%未満。小さな子供たちに未満に配慮するのは良いのですが、残りの90%を超える成人の来館者を見やすさがなおざりになってしまっては本末転倒です。お客さんの目線がどうあるべきかを適切と設計し、どうしてもカバーしきれない部分はステップを設けるなど個別の対策を施していきます。
水槽のアスペクト比も展示の良し悪しを左右する重要な要素の一つ。
このほかにも過去の超水族館ナイトで紹介のあった「入口から出口までの展示の配置」を考えることも大事です。一番見せたい水層を一番見てもらえるようにする。展示の成功には多角的な視点が要求されることが分かります。
テリー
「ほんの一部とはいえマル秘の資料、見せちゃっていいんですか? ありがとうございます。」
これら資料はもともとは中村さんが教鞭をとる専門学校や大学の学芸員コースのテキストとして編纂したものだそうですが、最近では門下生向けのオンライン講義にも活用しているるとのことでした。スキルアップした門下生の活躍に期待です。
その ”門下生” たちがなにやら企んでいる(?)ようなので、第二部もお楽しみに。