水族館プロデューサー 中村 元水族館プロデューサー 中村 元

イベントレポート

2022春(vol.41) 〜スタッフもイキモノなんや!〜

②誰もが飼育係から展示係になれる


中村さんが水族館プロデューサーとして独立して、最初に行った仕事は ”えのすい”のリニューアル(旧・江の島水族館→新江ノ島水族館)でした。

中村:
「その時に『ああ、スタッフもイキモノなんだなぁ』と凄く実感した出来事があったんです。」

中村さんは鳥羽水族館時代に建て替えリニューアルを手掛け成功させています。その経験を活かして、素晴らしい「新江ノ島水族館」を創り上げました。ところが、オープンして1年が経った頃には、展示がかなり酷い状態になっていたそうです。

中村:
「まず水槽が汚れいてた。前面のガラスぐらいは申し訳程度に掃除してはあったけれど、水槽の側面や背面の壁はコケだらけ。そして、何より残念だったのはオープン後にスタッフにやって欲しいと思っていたことが何一つもされていなかったのね。」

例えば、当初の計画では水中に光跡を表現するようなスポットライトを設置する予定だったものの、予算の関係で普通の照明に変更せざるを得なかったケース。スタッフが自らの手でシェードのようなものを作って照明に取り付ければ当初想定していた表現を実現できたはず。中村さんも当然そうしてくれるものだと期待していました。

中村:
「それが全然でした。水槽がどんどんダメになっていく。僕はオープン後も展示監督をやらせてもらっていたので、これは何とかしなくちゃアカンと思いました。」

せっかく良い水族館を作ったのに展示が、なぜかどんどんダメになっていた

中村さんはスタッフをそれぞれの担当水槽のところに連れて行き、お客さんの様子を一緒に観察した。その水槽はお客さんに全く見られていませんでした。

テリー:
「それはショックですね。」

中村:
「ショックやな。毎日餌あげて仕事しているつもりになっていたのかも分からんけど、その水槽は誰にも見られなくなっていた。僕はそのスタッフの子たちに言いました。『水槽に閉じ込められた上に誰にも見てもらえない。こんなに可哀想な生き物がいるか?君自身も楽しくないでしょ?だからコレを見てもらえる水槽に変えていこうよ!』と。」

オープンから僅か1年、なぜこのような事態になってしまったのでしょうか。

中村:
「結局、僕と設計・施工会社だけで水槽を作ってしまったからなんです。スタッフに『中村さんが考えた展示ですよね? その水槽は、まぁ、飼育はしますよ』程度の意識しかなかったんですね。」

テリー:
「なるほど。気持ちが入っていなかったんですね。当事者意識が薄いというか…。」

中村さんはスタッフを集めて会議からやり直したそうです。その際、ワークショップのスタイルを採用。問題や課題を共有した上で、みんなの意見を取り入れていったそうです。。

中村:
「普通の会議では、声の大きな人や積極的に喋る人の意見に流されてしまいがちです。その一方で(性格的に)なかなか喋れない人もいて、実はその人が凄く良いアイデアを持っていることもあります。だから僕の会議のやり方(ワークショップ)では、必ず全員に意見を述べてもらいます。みんなの頭のメモリーを全部使いましょう。そして、そこで決まったことは全員が責任を持ってやり遂げましょう。いわゆるファシリテーションと呼ばれる技法を展示開発に使ったんですね。」

会議からやり直した新江ノ島水族館において、ファシリテーションによって開発された展示の代表例が「川魚のジャンプ水槽」。水族館では川魚は非常に地味な存在で、なかなかお客さんに見てもらえません。

中村:
「どうすれば見てもらえるか、みんなでアイデアを出し合って『ジャンプするところを見せよう。それは川魚の凄い魅力じゃないか』というところに全員が一緒になって向かっていったんです。」

元々は渓流の魚(イワナやヤマメなど)を展示していた水槽だったそうですが、実験をしてみたところ渓流の魚よりもウグイ(主に中~下流域に生息)が一番良くジャンプをしたそうです。

中村:
「じゃあウグイしようとスンナリ決まったのはファシリテーションを使っていたからです。もし『いやいや、大事なのは渓流の魚でしょ』となってしまったら、その途端にジャンプ水槽はなくなってしまうんです。」

テリー:
「変なこだわりがなくなるんですね。」

中村:
「その通り。何を目指していたのかがハッキリすると、その表現の仕方も効果的なもの変えていくことが出来るのね。」

中村さんはそれ以降、展示プロデュースの際はファシリテーションを多用しているそうです。自分も一緒になって考えた展示となればスタッフのモチベーションも全く違ってきます。自ら『もっとこうしたら良いのでは?』とさらに改良を加えたり、想定以上の結果が得られることも多々あるそうです。

中村
「スタッフの心の持ち様次第で、その後の行動も大きく変わってくるのを見て、『なるほど、スタッフもイキモノなんやなぁ』って思ったんです。」
 


■ 水族館もイキモノなんや

超水族館ナイトにおいて、中村さんはこれまでに何度も ”命を展示すること” の意味や責任、覚悟について語ってくれています。

中村:
「水族館は展示を行うという目的のために自然界から生き物を連れてきて閉じ込めてしまっている。だったら水族館のスタッフは自分の担当している生き物をどれだけ多くのお客さんに見もらうかを真剣に考える人でなくてはいけません。」

より多くのお客さんに見せて、その生き物のこと、その生き物が棲んでいる場所、さらにはそこで起きている問題等を知ってもらうことで、地球や社会に良い影響を与えることができるというもの。

中村:
「お客さんに見せない(展示しない)なら、或いは(見せ方が下手で)お客さんに見てもらえない(展示できない)のなら、その生き物は野生に戻してあげてほしい。可哀想すぎるから!」

中村さんの熱いトークに聞き入る

中村さんは水族館の現役スタッフや、水族館への就職を目指している学生に対して、しばしば『君は飼育係になりたいの?それとも展示係になりたいの?』と問うそうです。

中村:
「命を飼育するためだけの人(ただの飼育係、エサやり係)なんて要らないんです!お客さんに見せるためにどのように飼育すれば良いかを考える人(展示係)だけが水族館や動物園にいればいいんです!」

新江ノ島水族館での事例でも分かるように、スタッフは心の持ち方一つで展示係になれるし、逆に、ただの飼育係に成り下がってしまう場合もあります。

テリー:
「突き詰めると人間の話ですよね?」

中村さん:
「そう、結局は ”人”なのよ。水族館のスタッフは絶対に展示係であるべきです。そして、その展示係として高い資質のある人が指導的な立場にいるか、或いはスポイルされているかで、その水族館の在り方も大きく変わってきます。その意味では ”水族館もイキモノなんや” !」

”人”によって変わる水族館。この話は第二部の”ハマスイ”ゲストトークへと繋がっていきます。…ということで、ここからは第二部の予習。ハマスイがどのような水族館なのかを見ていきましょう。

2022/04/17