2019秋(vol.34)〜命を展示するということ〜
6.JACREとは
ニュース等でも大きく報じられたので覚えている方も多いと思いますが、2015年 4月、世界動物園水族館協会(WAZA)は和歌山県の太地町でイルカの追い込み漁を「残酷だ」と批判した上で、日本動物園水族館協会(JAZA)に対し、追い込み漁で捕獲された個体を動物園・水族館が入手するのを止めなければ除名するという一方的な通告を行いました。これを受けて JAZA は翌5月に通告受け入れの是非を問う会員投票を実施。その結果、会員数の多い動物園を中心に WAZA 残留希望が多数を占め、JAZA は加盟園館に対し太地町からのイルカ類の入手を禁止することを決定。繁殖による飼育個体数の維持管理をしていく方針を固めました。
石橋館長は JAZA では役員を、WAZAではイルカ問題の特別委員を歴任してきたこともあり、
石橋館長
「経緯については十分に理解しているし納得しています。…が、投票以後の対応までは納得していないんです。太地町からイルカを入れてはいけないと決議した後に具体的にどうするのかというビジョンが全くなかったんですね。」
繁殖に舵を切る方針自体には賛成できても、まだまだ繁殖技術は確立された状況になく、仮に繁殖技術が確立された場合でも、血統問題から野生の血を入れる必要性に迫られた時どうすれば良いのかなど、議論すべきことは山ほどあった。にも関わらず、JAZA は早々に WAZA の通告を受け入れてしまった。「色々な選択肢があったはずなのに」と石橋館長。
水族館がイルカを飼育し、トレーニングしたりショーを行っているのは 「展示」 という明確な目的があるから。集客目的のためだけでなくイルカという生きものを伝えるためです。イルカのコミュニケーション能力や運動能力を伝えるためにトレーニングやショーも行われている。「動物園に例えるならライオンもゾウもキリンもなしにサバンナを伝えろと言っているのに等しい」と石橋館長。以上の経緯を踏まえ、
- 水族館の未来は水族館が切り開く!
- 組織的まとまることが必要だ!
- 水族館の社会的存在意義(社会的役割)の確立を!
を合言葉に誕生したのが「日本鯨類研究協議会(JACRE)」。イルカなどの鯨類を飼育している水族館などが JAZA の枠組みを超えて 2016年1月に発足した新団体です。
石橋館長
「多くの人に太地からイルカを入れるためだけに出来た団体だと誤解されていますが…」
中村さん
「みんなそう思っとるよね!(苦笑)」
石橋館長
「でもそうじゃないんです!(汗)」
決して JAZA と真っ向から敵対しようというのではなく、長期飼育技術や繁殖技術の向上も積極的に推進していく。色々な選択肢を持ちながら水族館の将来像を考えて行くための組織だそうです。
7.続・JACREとは
石橋館長がJACREの事業の中からいくつかをピックアップして紹介してくれました。
◆トレーニングセミナー
石橋館長
「イルカをはじめとする海獣のトレーニングは個々の園館が独自のノウハウを蓄積していて、時に門外不出。従弟制度のように受け継がれてきたのが実情です。そんな中でも現場で抱えている諸問題について意見交換をしながら解決を図ったり、トレーニングを理論的に学んだりしていこうとするものです。」
◆人工飼料開発支援
海獣類の人工飼料を下関に本社を置く林兼産業と共同開発。まずは鯨類向けの飼料から着手。名称は「Aquq Brownie」 だそうで、既に実用化に向けた試験に着手しているとのことでした。
◆水族館研究会
石橋館長
「鯨類に限らず水族館でやっていること何でもいいから発表しよう…と。新しい知見に繋がることや、問題や課題の解決方法、それぞれの教育活動の報告…等々。」
この他、海外視察研修や各種研究機関との共同研究…等々。特に人工繁殖に注力。イルカに関して譲れない幾つかの点はあったもの繁殖にシフトしていく考え方は JACRE も JAZA もベクトルは同じであり、各園館が協力し合いながら人工授精など研究しているそうです。
ちなみに現在日本の水族館・動物園には 16種類 434頭 のイルカ類が飼育されているそうで、以前は「日本の水族館のイルカは長く生きない」と言われたそうですが、直近5年間では1個体あたりの平均飼育期間は 16.2 年まで延びているとのこと。各園館の取り組みは 「着実に成果は上げている」と石橋館長。
石橋館長がトークの締めとして最後に見せてくれたのが、
ACREの ”生みの苦しみ” を表現したものだそうで、現在は任意団体ですが今後は法人化してより事業を活性化させていくとの決意が石橋館長から語られました。
まとめ
石橋館長は中村さんから超水族館ナイトへの出演オファーを受けた際、「根がクソ真面目だから僕の話はちっとも面白くないよ」と言ったそうですが、十分過ぎるほど面白く、且つ貴重な話を沢山聞くことができて大満足な超水族館ナイトとなりました。終わってみれば過去 34 回の中でもかなりの ”神回” だったのではないでしょうか。
水族館におけるイルカの飼育やイルカショーに関しては、WAZA や環境保護団体の圧力に代表されるように、近年、批判に晒される機会が増えたように感じます。ところが、その批判に対して水族館が何の反論もせずに黙り込んでしまったことを中村さんが以前もの凄く怒っていたのを思い出しました。「展示という正しい目的のために行っているのだからそれを堂々と発信するべきだ」と。石橋 ”代表幹事” から説明があったよう JACRE は水族館が水族館の未来を切り拓くために、また水族館の在り方や存在意義を確立するためにできた団体です。今後の活動に注目すると同時に、とりわけ 「命を展示すること」 に対する考え方を(中村さんに代弁してもらうのではなく) JACREから積極的に発信してくれることを期待したいです。
次回予告
次回は2020年02月16日(日)の開催です。
超水族館ナイト 2020・春(vol. 35)
~儚くて漂う大和の海月かな
実に5年半ぶりの クラゲテーマ!
前回のクラゲ回は「生物に下等も上等もあらへんよ」というテーマを語る中でクラゲを取り上げたものでしたが、今度はテーマそのものがクラゲ! サンシャイン水族館の大規模リニューアルで「海月空感」が誕生するのをみんなで前祝い!クラゲ三昧の一夜となりそうです。
(文&写真:須釜浩介)