2023春(vol.43) ~飼育係のトレーナー~
■ 正にトレーナーのトレーナー
実は立川副館長はトレーナー時代から様々な組織的な活動を行っていたそうです。中でも中村さんの興味を惹いたのは ”海獣類トレーニングセミナー” の開催でした。日本における海獣類のトレーニングは、大まかな流派はあるものの、結局のところ各々の水族館で、良く言えば職人的、悪く言えば俗人的に受け継がれてきたきらいがありました。海響館では、そこに一石を投じる形で、海外から経験豊富な海獣トレーナーを招聘し、世界基準のトレーニング方法を当時のトレーナーに学ばせたそうです。
立川副館長
「僕は海響館にオープニングスタッフとして入ったんですけど、ある日、館長になる予定の人と食事をしていた時に 『そうそう、今度キミの上司は外国人になるからよろしく!』と突然言われて『えっっ!?』って(笑)。その上司はニュージーランド人だったんですけど、僕は英語が大の苦手で挨拶もすらできない状態だったんです。だから最初は大変でした。でも、実際に一緒に仕事し始めて、とても沢山のことを彼から学びましたね。」
中村
「どんなことを教わったん?」
立川副館長
「とにかく動物を大事に飼いなさいと言われました。『大事に飼う』とは理論を学んで、理論に基づいて世話をしたりトレーニングをすること。『プロだろ』『勉強しなさい』と繰り返し言われましたね。」
その理論とは 行動分析学 。心理学の一領域で、行動を科学的に捉え、測定・評価することで、行動自体を変化させ、より好ましい状況を作り出していく学問です。第一部の終わりのテリーさんの疑問への回答にもなりますが、人間にも動物にも当てはまるものだそうです。
立川副館長
「彼は覚えた日本語で『限界はありません』とよく言っていました。人間が動物に対して限界を作らない。目標を設定してクリアしたらそれで終わりではなく、コレができたら今度はコレ、次はコレと伸ばしてあげる。」
人間は新しいことにチャレンジして、刺激を受けたり楽しんだりしますが、それは動物でも同じこと。
中村
「自然界での動物の生き方がそうだしね。次から次に新しいことをこなしていかないと生き残れない。」
選択権は常にトレーナーではなく動物たちの側にある。人間が嫌だと感じたら動物は人間からすぐに離れていってしまうそうです。
立川副館長
「人間と付き合うことが楽しいから動物たちは僕らの前にいてくれるわけです。だから色んなことをやってあげて内面から作ってあげることが大事です。餌をあげることもそうだし、遊んであげることもそうです。撫でられるのが嫌いな子でも褒める要素と結びつけてあげると撫でられることが嬉しいことに変わったりする。」
とにもかくにも信頼感を伴った関係性の構築が絶対条件。そのためにトレーナーは理論を学び、理論をベースとしたトレーニング方法の習得と開発に努めなければなりません。立川副館長は外国人上司に教わったその世界基準のトレーニングの考え方を全国のトレーナーたちにもシェアしようと、”海獣類トレーニングセミナー” の開催を決意します。
テリー
「惜しげもなく教えちゃうんですね。そのマインドが凄い!」
立川副館長
「理論に基づいて動物を正しく飼うことで、病気にも罹りになって長生きをしてくれます。動物が心身とも健康で幸せに暮らせるなら、それは業界全体として進めていくべきだと思いました。上司だった彼も教えたことを広めてほしいと望んでいましたから。ただ、下関の一水族館がいきなり案内状を送るというのは結構な挑戦でしたね。最初は反発もあるかなと思ってドキドキしながらの開催でした(苦笑)」
そんな不安をよそにセミナーは大盛況。第1回目は55名、第3回目には実に80人名超えるトレーナが全国から集まりました。
立川副館長
「初回は『こいつら何をするんだ?』的な様子見で参加した人も多かったかもしれませんね。でも多くの人に『良かったよ!』と言ってもらえました。非常に認めてもらえたと思います!」
中村
「理論を学んだ上での世界基準のトレーニングというのがいいなぁ。トレーナーのステータスも上がるよね。」
立川副館長
「それ、大事です!」
海外ではトレーナーという職種が確立していて、特に海獣類のトレーナーはその中でも高度な技術をもった人材とみなされるとのこと。日本のトレーナー界も是非そうなってほしいものです。立川副館長が始めたトレーニングセミナーはその後、JAZA(日本動物園水族館協会)に引き継がれ、現在ではJAA(日本水族館協会)においても開催されています。立川副館長は正にトレーナーのトレーナーと言ったところでしょう。
中村
「じゃあ、そのトレーナーのトレーナーさんに聞くけど、ボクが40年前に鳥羽水族館で行ったトレーニング、理論的にどこか間違っている?」
立川副館長
「まず中村さんの先輩たちが行った(輪っか恐怖症のアシカに対し)プールいっぱいに輪っかを投げ入れた行為、あれは大間違いです!」
客席:(笑)
中村
「あの輪っか地獄は(当時新人トレーナーの)オレでもアカンって分かったわ!(笑) あれで余計にトラウマになっていたロンちゃんをよくぞ治したと思わん?」
立川副館長
「思いました!思いました!理論と照らし合わせて方法も合ってます!」
中村
「みんな聞いた!? 40年前に新人トレーナーだったオレが行ったトレーニングが世界基準やって!(ドヤ顔)」
テリー
「凄い! 」
客席(拍手)
中村
「先輩たちが仕掛けた輪っか地獄に脅されて、トラウマを抱えてしまった可哀想な女(ロン♀)を、オレの騙しテクニックで救出してあげたんや。」
立川副館長
「あ、いや、騙す意図があったらならそれはダメです!」
客席:(笑)
一例を挙げると、採血のトレーニングをする際に、餌を見せてそこに注意を向かせておいて針を刺すトレーナーがいるそうですが、動物が気づかないうちは良いのですが、もし気づいてしまった時の反動は非常に大きく、取り返しがつかないほど信頼関係が崩れてしまうそうです。
立川副館長
「だから正直に『これからこれをやるよ』とちゃんと分からせた上で、トレーニングを行うことが大事なんです。」
中村
「そうか…。でもあの時は緊急避難的な措置だったから許してぇな。」
立川副館長
「まぁ、いいでしょう!(やり方は合っていたので) というか、ロンちゃんは別に騙されたのではなく、ちゃんと理解していたのかもしれませんね。」