水族館プロデューサー 中村 元水族館プロデューサー 中村 元

イベントレポート

2023春(vol.43) ~飼育係のトレーナー~

■ 海響館のコンセプト「生きざま展示」とは

ここからは海響館の展示の紹介です。中村さんもイチオシの「ペンギン村」をピックアップ。もちろん立川副館長も開発に携わっています。

ペンギン村は 2010年の大規模リニューアル時に増設された国内最大級のペンギン展示施設。フンボルトペンギンが暮らす屋外の「温帯ゾーン」と、キングペンギンやジェンツーペンギンなど4種のペンギンが見られる屋内の「亜南極ゾーン」で構成されています。特に温帯ゾーンでは、土を敷き詰め、プールに打ち寄せる波を作るなど、野生の生息環境(チリの「アルガロボ島」がモデル)を忠実に再現することでフンボルトペンギンの自然な行動を展示しています。中村さんは常々「水族館の飼育スタッフはフィールドに出て、野生での様子をしっかり理解した上で展示を作らないといけない」と力説していますが、海響館では飼育係だけでなく、展示施設を施工する建築会社の人たちまで連れて現地に赴いたそうです。ペンギン村「温帯ゾーン」は日本の水族館にありながらチリ国立サンチアゴ・メトロポリタン公園から生息域外重要繁殖地の指定を受けて「フンボルトペンギンの特別保護区」として管理されています。

 

実際の生息地の様子
生息地を忠実に再現した
海響館ペンギン村の温帯ゾーン
温帯ゾーン全景。
海岸に打ち寄せる波も再現。
ペンギンがイキイキしている。
展示場には南米原産の植物である
パンパスグラスが植えられている。

繁殖期になるとペンギンたちはこの草を千切って巣作りをするそうです。

立川副館長
「以前は人為的に巣材を用意してあげていましたが、今では全てペンギンたちに任せています。パンパスグラスは強い草なので、ペンギンに千切られて丸坊主になってもまた元通りに生えてきます。」

中村
「そうそう、巣作りといえば中には悪いペンギンがおってな、他のペンギンが一生懸命千切って運んできた草を盗むヤツがおるんよ!」

立川副館長
「いますいます!(笑) あれも自然界で普通に見られる行動だと思いますね。」

中村
「もし海響館でそのシーンを偶然見つけたお客さんは『ペンギンの世界にも人間と同じでズルするヤツがいた!』って思うやろね。そうすると、ペンギンが単なる生き物ではなく、我々人間と同じ一つの魂なんだとより強く感じるようになるんです。」

立川副館長
「ですね。海響館ではこれを ”生きざま展示” と呼んでいます。」

”生きざま展示” という言葉は、須磨海浜水族園・初代園長の吉田啓正元園長が提唱したもので、その言葉に感銘を受けた海響館・石橋館長が同館の展示コンセプトとして掲げ、「行動展示よりもさらに能動的に生き物の魅力を感じてもらえるように」と様々な展示開発が行われています。

続いて、亜南極ゾーン。最大水深6m、水量約700㎡、ペンギン専用水槽として世界最大級の規模を誇ります。

立川副館長
「それゆえに絶対にあってはならないのは水槽にペンギンが全く泳いでいなくて、お客さんに水だけを見せてしまうこと。多くの動物園や水族館でありがちなのですが、餌を与える時間が決まっていて、且つ陸上で給餌を行うためペンギンの行動パターンが定まってしまい、ある時間帯になると1羽も泳いでいないという状況がまま発生します。それをどうにか避けたかった。」

野生のペンギンは水中で長時間泳ぎながら餌を捕ります。それをいかに飼育環境下で再現できるかが飼育係の腕の見せ所。海響館では水中給餌装置を導入し、給餌時刻もランダムにすることでそれを実現しています。結局、どれだけ立派な箱(展示場、水槽)を作ったところで、それだけで ”野生での行動” が再現できるわけではなく、飼育係による創意工夫が求められます。

中村
「ちょっとしたギミックを追加するだけで情報が伝わりやすくなる。それが展示です。」

水中給餌の様子

かつての動物園、水族館は生き物の姿を見せることばかりに執着していました。やがて「行動展示」というものが流行り始めましたが、

中村
「単に行動を見せるだけではダメなんです。冬になると北の方の動物園で雪の上をキングペンギンが散歩していたりするやん? 野生のキングペンギンは雪の上なんか歩かへん。あれはペンギンが歩けるという行動展示ではあるけれど、生きざま展示ではないです。これからはその動物が棲んでいる場所や暮らしそのもの、つまり ”本物” を見せていかなくちゃいけない。 行動展示でも『わぁ、面白い』までは行けます。でも、生きざま展示はその先にある『動物たちに共感を覚えて、動物たちの住んでいている地球についても考えるようなる』ところまで行けるんです!」

亜南極ゾーンの最大の見どころは「ペンギン大編隊(※)」。30~40羽のペンギンたちが群れになって巨大プールの中を活発に泳ぎ回る様子を観察することができます。もともと一日に数回、自然発生的に起こっていたものをトレーニングによってトレーナーの合図で起こせるようにしたそうです。日本の動物園、水族館における亜南極のペンギンの展示といえば、白い氷山のオブジェの横でペンギンが佇んでいるイメージが強いですが、野生のペンギンはとてもアクティブに動き回ります。その生きざまをしっかり見せてくれるのが海響館です。

 

海響館の「ペンギン大編隊」
(または「ペンギン大爆走」)
名付けたのは中村さんでした

この他、スナメリの展示の紹介も。スナメリは下関周辺の海域にも生息し、野生では砂の中に潜む生き物に口で水を吹きかけて、出てきたところを捕食します。立川副館長が動画で紹介してくれたのは、餌として生きたクルマエビを水槽の砂地に埋め、その自然な様子を再現する試み。これは飼育動物のトレーニングに楽しみや新たな刺激を与える ”環境エンリッチメント” としての意味合いもあるとのこと。スナメリがとても楽しそうにクルマエビを探し当て、追いかけているのが印象的でした。(残念ながら砂を一緒に食べてしまうという予期せぬアクシデントがあったため、この展示は早々に中止になってしまったそうです)

 

クルマエビを砂地に埋める。
(ダイバーは立川さん)
スナメリが楽しそうに探し当てる

■ 飼育係のトレーナーとして今後のビジョンは?

立川副館長
「副館長という立場になって今まで以上に『良い水族館とは何か?』を考えるようになりましたね。まだ答えは出ていませんけど。」

テリー
「中村さんの考える良い水族館ってどんなですか?」

中村
「オレの答えはもう決まっていて、今日も何度か話したように ”命を展示する” ことによって、世の中に良い影響を与えられること。その影響が大きければ大きいほど良い水族館です! 」

立川副館長
「水族館の社会的な役割は沢山あると思うんです。教育だとか、環境の保護、種の保全、海生物の専門家としてのメディアの質問に答えることも大事です。そういった高度な役割をバランス良くこなしていければと思っています。但し、お客さんが来場する動機付けという点では、できるだけ敷居は低くして、より多くの人に来館してもらうように活動していきたい。それが水族館を長く続けるために必要なことなのかなと現時点では思ってます。」

そして、今回のテーマでもある飼育係のトレーナーとしての活躍にも期待です。立川副館長は部下に対して声を荒げて怒ることはしないそうで、しっかり話をして本質を理解してもらうことを重視しているとのことでした。

立川副館長
「少しでも変化が見られたときは 『ええやん!』と言って、さらに次のステップに行けるように『次はこうやってみたら』とアドバイスを送ったりしています。でも、そんなにうまくはいかない。そこは根気強くやっていきたいです。」

近年、水族館業界では離職率が高まっているそうで、

立川副館長
「そういった話は多方面から耳にしていて非常に危機感を覚えています。キャリアアップのために辞めるのなら快く送り出せますが、水族館の仕事が嫌になって辞めるなんてことは避けたいです。幸い海響館では嫌で辞めるという人は出ていませんが、スタッフにとっても働きやすい良い水族館でありたいと思いますね。」

 


おわりに

海響館からゲストは石橋館長に次いで2人目でしたが、石橋館長とはまた違った水族館の運営と現場を繋いできた立川副館長ならでは貴重な話が聞くことができました。中でもトレーニングの考え方、そのベースにある理論については、動物園や水族館の枠を超えて、私たち人間の社会でのコミュニケーションのヒントにもなった気がします。そんな「水族館カルチャーを切り口に明日からの人生が豊かになる」トークライブ、それが『中村元の超水族館ナイト』です。

(文&写真:須釜浩介)

  


打ち上げの様子

超水族館ナイトではイベント終了後に打ち上げが行われています。交流の場としてご活用ください。 

 

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2023/02/03