水族館プロデューサー 中村 元水族館プロデューサー 中村 元

イベントレポート

2023夏(vol.44)〜日本の動物園水族館に未来はあるんか?~

■ 発想の転換で水族館を大衆向けに

第二次ベビーブームの影響で動物園は確かに多くの子どもたちで賑わっていました。しかし、出生ピークは既に過ぎていて、少子化へ兆しが見え始めていました。当時の日本の人口ピラミッドでは子どもは全人口の2割未満。残る8割強が大人でした。

中村
「その頃の動物園の来園者は45対55ぐらいで子どもが多く、水族館の来館者は60対40ぐらいで大人が多かった。子どものバス旅行(幼稚園や小学校の遠足など)では水族館は動物園に大きく負けていたけれど、一方で今はあまり行われなくなったけど昔はよくあった大人のバス旅行(会社の慰安旅行など)では何台も鳥羽水族館に来てくれていたのね。」

水族館は動物園と張り合って必死に子どもを呼ぼうとしていたけれど、現実は大人の来館者によってギリギリ動物園と戦えていたという事実。

中村
「だったら大人を呼べる水族館にしたらええんちゃうか!?ってね。」

 

固定概念から脱却し
水族館を大人向けへと変えた。

そもそも子どもを狙ったところで、子どもだけでは水族館に来ることはできず、結局は親が連れてくることになります。最初から大人をターゲットにした方が、結果として大人から子どもまで幅広い年齢層の客を呼びことができそうです。鳥羽水族館の企画室長として新しい水族館への建て替えリニューアルを任されていた中村さんは、従来の “暗い・臭い・湿っぽい” 水族館のイメージとは一線を画した洗練され全く新しい水族館を創り上げました。そして、大人をターゲットにした独自のプロモーションを展開します。

中村
「大人向けをアピールするのにピッタリなキャッチフレーズを考えたんです。『デートに使える水族館』ってね!」

その狙いは見事にハマり、年間70~80万人だった鳥羽水族館の来館者数は280万人まで激増。リニューアル後の来館者の大人と子どもの比率は(人口ピラミッドに近い)85対15になっていたそうです。日本の水族館が初めて大衆化した瞬間でもありました。

ほぼ同時期に、大阪でもやはり ”大人向け” の水族館と呼べる海遊館がオープンし話題を呼んでいました。もっとも海遊館の場合は、ボストンに本社を置く建築事務所であるケンブリッジ・セブン・アソシエイツがアメリカで行っていた水族館の建築仕様をそのまま日本に持ち込んだもので、意図して大人をターゲットにしていたわけではありませんでしたが、結果的に鳥羽水族館と海遊館という日本最大級の水族館が ”大人向け” として登場したことで、日本の水族館に大きな変革が訪れました。

中村元
「それ以降は新しい水族館ができる度にメディアで『新しいデートスポットが誕生しました』と報じられるようになりました。元々は俺が考えたんやで!(ドヤ顔)」

■ 大人を呼べる水族館とは

中村
「僕はいつもみんなに言っているよね? 水族館は理科を教えるところやない! 社会教育施設なんや!って。」

水族館は博物館法によって自然科学博物館にカテゴライズされ、社会教育施設としての役割を課せられています。社会教育とは何か? 社会教育法では「学校教育法に基き、学校の教育課程として行われる教育活動を除き、主として青少年及び成人に対して行われる組織的な教育活動」と定義されています。つまるところ、水族館は大人(青少年~成人)を対象に、学校教育に基づかない(理科教育などではない)教養・知恵・趣味・リクリエーションなどを提供する場であるということになります。

水族館の特筆すべき性質として「行こうよ」と誘われた時に、” 断る理由があまりない施設” であるということが挙げられます。

中村
「『どうしても水族館に行きたい!』という積極的な理由もないんだけど、同時に『水族館なんて行きたくない』と拒否する理由も見つからない。」

ぼんやりと行きやすい施設、それが水族館です。実際、水族館の来館者に「今日はなぜここに来たんですか?」と質問すると「暇だったから」「なんとなく」と回答する人が非常に多いそうです。

中村
「そんな『別に来たくもなかったけど、なんとなく来ちゃった』という人たちが、マイワシのトネードを見て感動したり、イルカショーを見て驚いたりして、突然その生き物や自然に興味を持ってくれたりする。そして、そんな人たちがどんどん増えていくことで、やがては社会に良い影響を与えることができる。これが水族館の存在意義です。」

そして、それは命を展示しているからこそ伝わるというもの。そのために、中村さんは全国各地の水族館で日々奮闘する門下生たちにフィールドに出ることの大切さを説いています。

中村
「野生の生き様をちゃんと見てこなかったら展示なんてできない。実際の野生の姿や行動を観て理解し、それを水槽で表現して伝えることできるようにならなくちゃダメだと思うのね。『命のリアル』を展示を通して大衆に伝え続け、それが全国民まで広がったら ”水族館の未来はある” と胸を張って言える。なのにそれをなぁ、水槽にプロジェクションマッピングなんかして見えなくしていたらアカンよ。」

 

客席からも同意の拍手が起こった。

 

中村
「あとアレも嫌いや、ネイチャーアクアリウム!」

ネイチャーアクアリウムとは、魚が排泄した糞を水中のバクテリアが分解し、その栄養素に育った水草が光合成を行い酸素を生成し、それを魚が呼吸取り込む といった自然界さながらの循環を水槽内に再現したもの。一見すると美しい水草ですが、色々な地域の水草や魚がごちゃ混ぜの偽りの水中世界。

中村
「あれはただのガーデニング、または盆栽や。綺麗な水草を眺めている気持ちが落ち着くしネイチャーアクアリウム自体は悪いものではないです。ただそれを本物を見せるべき水族館で展示するのは違う。そのネイチャーに愛はあるんか?って。」

テリー
「なるほど。」

以上、第一部は中村さんによる「水族館の未来」についてのトークでした。水族館が大衆文化となるにつれ展示も多様化し、中には ”水族館のあるべき姿” から外れた展示も散見される今日この頃ですが、総じて日本の水族館の未来に向かって明るい道を進んでいると感じました。さて、問題は動物園です。

 

2023/06/17