2023夏(vol.44)〜日本の動物園水族館に未来はあるんか?~
第二部より
休憩を挟んで第二部がスタート。「動物園の未来」についての徹底トークです。
本田 公夫
The Maritime Aquarium at Norwalk 展示ディレクター
1958年長崎市生まれ。
幼時から今まで大好きなものは動物、動物園・水族館、写真、美術、グラフィックデザイン、映画、本。大学(慶應大学商学部)入学後、東京動物園ボランティアーズ第3期生として活動。大日本印刷に就職後ニューヨークに転勤するが、ブロンクス動物園の展示に衝撃を受けて転職を考えるようになり、十数年かかって同園の経営母体の展示グラフィック部門に就職、19年にわたり傘下の5園館で『利用者に伝わる』展示作りに取り組んだ。現在は自宅近くの水族館の展示ディレクター職に招聘され、新たなチャレンジと格闘中。日本と海外の動物園・水族館の仲立ちも務めている。イラスト、文章など学生時代から多数。近著に川端裕人氏との共著『動物園から未来を変える – ニューヨーク・ブロンクス動物園の展示デザイン』(亜紀書房)など。
中村
「第一部で僕がプロジェクションマッピング嫌いやって話したやん? そうしたら本田さんが『プロジェクションマッピング使ったことがある』って言うのよ。」
ニューヨーク水族館の展示で行われたサメやエイなどの軟骨魚類の特徴を解説するプロジェクションマッピング。
中村元
「プロジェクションマッピングもこういうふうに使うんだったら凄くええな! 新しい技術はこういう使い方をするもんだなと恐れ入った展示でございました。」
本田さん
「いや、あの、念のために言っておくと僕が考えたワケじゃないんだけどね(苦笑)」
このプロジェクションマッピングを活用した解説展示のアイデア自体は水族館の若いスタッフの発案だそうですが、本田さんは映像の空間配置や解説表示タイミングなど、利用者に伝えたい情報が伝わるように総合的なデザインを統括・監修したそうです。
本田
「中村さんもよく仰っていますが展示には伝えたいメッセージがあるわけです。それを予め決めておいて、どのようにしたら利用者に伝わるか、利用者が意図通りの行動をしてくれるを考えながら全体をデザインをまとめていく仕事をやってきました。」
本田さんはこれを「解説的アプローチに基づいた展示デザイン」と呼んでいます。
中村
「要するに僕と同じように ”情報を伝える” という仕事をされてきた方なんですね。だから本田さんと話をしているとメチャクチャ勉強になることが多い! それで是非、皆さん前にもと思いまして、本日はわざわざアメリカからお越しいただきました!」
客席:(大拍手)
■ 日本の動物園の現状
本田さんは子どもの頃から「なぜ日本の動物園は欧米の動物園に比べて粗末なのか」をずっと考え続けきたそうです。アメリカで動物園での経験を踏まえて日本の動物園の現状や問題点について語ってくれました。
①安かろう悪かろう
本田
「日本の動物園の多くは公立で、特に第二次世界大戦後は、荒廃した日本の社会を復興させるにあたって、人々の心を慰め、明るい話題を提供し、気持ちを高揚させる機会を作るという役割が与えられていました。そのため入園料は安く抑えて誰でも楽しめる施設として運営されてきたんですね。それから時は流れてまもなく戦後80年、21世紀も四半世紀が過ぎようとしているのに、日本の動物園はその当時の意識から全く変わっていないんです。」
その間に経済は成熟し、税収と安い入園料で施設を維持していくのは既に困難となっているそうです。また近年は動物福祉へ関心も高まっており、同じ動物を飼い続けるだけでもコストは上がる一方です。 結果、動物の飼育管理にも来園者へのサービスにも必要最低限の経費すら充てられず、本田さんの言葉を借りるなら ”非常に粗末な施設” となってしまっているのが日本の動物園の現状。欧米の動物園の多くは非営利組織によって運営されており、運営維持に必要な入園料を設定し、それでも足りない時は企業・個人から寄付を受け付けて賄っています。寄付文化が浸透していて ”仕組み”として確立しているそうです。
②社会教育施設として機能していない
本田
「日本の動物園はいまだに『子どもはいいよね』と言ってるんです。」
中村
「欧米の動物園は大人の来園者が多いということですか?」
本田
「多いですね。」
中村
「日本は少ない。」
本田
「はい。その少ない大人も特定の動物種のファンだったり、その個体のファンだったり。動物をアイドル化して追っかけているだけだったりするんですね。」
第一部で、日本の動物園は子どもの教養施設としては優れている(絵本に登場したゾウさんやキリンさんを実際にその目で見て確認できる)という話がありましたが、大人(社会教育の対象である青少年~成人)に対しては何もできていないのが現状のようです。本田さんによると欧米の動物園では入園料とは別料金で様々な学習・教育パッケージが提供されていて、子どもから大人までそれぞれ自分に合った展示体験ができる体制が構築されているとのことでした。
本田
「僕がWCS(野生生物保全協会)で展示デザインをやってた時は、ミーニングメイキング(意味作り)についてスタッフと日常的に意見を交わしていました。予備知識や興味関心は人によって違うので、同じ展示を見ても来館者一人ひとり全く違うことを考えるかもしれない。そこはコントロールできないのだけれど、展示を体験する ”意味” については動物園のミッションと整合性が高まるように演出していきたい。それが僕がずっと考えてきた展示論ですね。」
③飼って見せるだけに留まっている
前述の通り日本の動物園は戦後復興の過程で明るい話題を提供する役割が与えられていました。ゆえに珍しい動物を見せて来園者を楽しませる娯楽施設としての要素が強く、狭い檻の中で飼育展示される場合が多くなっています。
中村
「見ていて可哀想になることが多いですよね。」
超水族館ナイトにゲスト出演歴のある元・札幌市円山動物園動物専門員の本田直也さん(本田ハビタットデザイン代表)が、日本の動物園の飼育展示場を「公開型畜舎」と表現したのは言い得て妙です。
本田
「動物園で飼育展示されるのは主に哺乳類(恒温動物)で、彼らは環境適用能力が凄く高いんです。相当いい加減な飼い方をしても生存できてしまう。」
中村
「雪の中をゾウやキリンが歩いている…みたいな? 」
本田
「そうですね。カバを飼うんだったらプールが必要だろうぐらいのことするけども、カバが陸に上がった場所は土ではなくコンクリートでいいのか?と。そういった議論が全くされないまま管理上の便宜性が優先されて、とりあえず生きていれば、あわよくば繁殖してくれれば、その程度でしかないんです。」
中村
「動物園は動物を見せると同時に、彼らの野生での環境もちゃんと考えなくちゃいけないっていうことですか?」
本田
「本来はそうあるべきだと思いますけども、日本では最低限のことしか行われていない。」
日本の動物園の多くが公立であるがゆえに、集合住宅の設計しかしたことがない建築事務所が飼育展示施設の設計業務を落札し、動物のことを全く知らない人たちの手で動物舎が次々と作られていく悪循環。欧米の動物園はそもそもの始まりが動物学の研究施設であるため、動物を見せることは副次的なものであったため、生息環境を重視した展示が進んでいます。究極的には動物がいる場所だけでなく、来園者の見学路まで動物の生息地にいるかのような雰囲気に演出するランドスケープ・イマージョンという手法も取り入れられています。本田さんは「日本の動物園は動物を飼育して客に見せるだけで終わっていて、何のためにどのようにして見せるかというデザインがなされていない」と指摘しています。