2024夏(vol.47)~生き残る水族館・厳しい水族館~
さて、ここから先は、中村さんが大学(学芸員コース)や専門学校で行っている展示論の講義資料をスクリーンに映しながら、より踏み込んだトークへ。「水族館の本質とは何か」、「どのようなマインドで展示開発を行えば良いか」、そして先ほども話に出た「水族館がその地域の誇りとなるためにどうすれば良いか」について詳しく解説してくれました。
■ 水族館の本質を見誤るな
日本動物園水族館協会(JAZA)は、動物園及び水族館は、①種の保存、②教育・環境教育、③調査・研究、④レクリエーションの4つの社会的役割を有すると述べています。しかし、中村さんは「これら4つの役割は水族館の本質から大きく外れている」と指摘します。少しだけですが内容を見ていきます。
①種の保存
動物園や水族館では、珍しい生き物を見ることができます。でも、珍しいということは、動物の数が少なくなっていることでもあるのです。
生き物は、個々の動物園や水族館のものではなく、私たちみんなの財産です。動物園や水族館は、地球上の野生動物を守って、次の世代に伝えていく責任があると考えています(希少動物の保護)。
動物園や水族館は、数が少なくなり絶滅しそうな生き物たちに、生息地の外でも生きて行ける場を与える、現代の箱舟の役割も果たしているのです。
(出典:公益社団法人 日本動物園水族館協会/日本動物園水族館協会の4つの役割)
生息域外保全について触れられていますが、本来は動物園・水族館で繁殖させた個体を野生に戻すことを目的とするものであり、欧米の動物園・水族館ではそのような趣旨で活動が展開されています。しかし、JAZAは動物園及び水族館を ”箱舟” と表現しており、これは「生息地での保全を既に諦めて、動物園や水族館の中だけで標本的に種の延命を図る」と宣言しているかのように聞こえます。もっと言えば、入手性が悪くなった希少生物を国内で繁殖させることで自給したいという本音が透けて見え、それはもはや「種の保存」ではなく「動物園・水族館の保存」と呼ぶべきもの。ちょうど1年前の超水族館ナイトでもゲストの本田公夫さんが「日本と欧米の動物園・水族館が掲げる ”種の保存” は似て非なるものであり、日本のそれは絶対におかしい!」と強く批判していました。
②教育・環境教育
本や映像からでは得ることのできない、生き物のにおいや鳴き声を実際に体験できるのも、動物園の特徴です。また、生き物を見ているうちに「この生き物は、どんなところに住んでいるのかな」「何を食べるのかな」などと思うでしょう。それに答えてくれるのが、動物園や水族館です。動物園や水族館を訪れると、ガイドが生き物の説明をしたり、動物教室を開いています。また、動物園や水族館の中には、野外観察会を開いて、実際に生き物が住んでいる場所や生態の勉強に出かけたりもしています。動物の生態を理解してもらい、環境教育にも結びつけたいと考えているからです。今、野性の生き物が住むことのできる場所がだんだん少なくなっていることなどを知り、人間がどうすればいいのかを考えるきっかけになれば、とも思っています。
(出典:公益社団法人 日本動物園水族館協会/日本動物園水族館協会の4つの役割)
『~~かな?』と問いかける口調が完全に小さな子ども向けです。
テリー
「大人が聞いたらアホに聞こえますね(苦笑)」
中村
「それと『野外観察会を開いて…』とあるんやけど、だったら動物園と水族館なんて要らんやんって話にならん? 毎日その係の人が野外観察会に連れていってあげたらええんとちゃうけ!?」
意地悪な捉え方するならば「動物園・水族館の展示だけでは環境教育が成り立たないので野外観察会による補完が必要」と言っているに等しい。
中村
「もしそうなら自然界からわざわざ生命を捕まえてきて閉じ込めておく理由ってあるか? こんな教育なら要らんでって俺は思ってしまうわ!」
JAZAの4つの役割は、さらに ③調査研究、④レクレーション と続くわけですが、ここでは詳細は割愛しますが、調査研究については本来は生息地の保全のために行われるべきなのに飼育下における繁殖が主目的となってしまっていることや、レクリエーションにいたっては単なる娯楽程度の浅い内容に留まってしまっていることなど、突っ込みどころは満載です。
中村
「…というか、そもそもこれは ”JAZAの4つの役割” であって、それぞれの動物園・水族館の存在理由ではないからね!」
にもかかわらず、動物園や水族館はこれを ”自分たちの使命” に据えてしまっています。
中村
「だからおかしなことになっているのよ。」
では、これからの水族館は存在理由や使命をどこに求めるべきか、続いて考えていきました。
■ 水族館は社会教育施設である
中村
「水族館に関わる法律として、社会教育法と博物館法というものがあります。」
これらの法律より、水族館は自然科学系博物館の一館種であり、社会教育のための施設であるとされています。
社会教育の厳密な定義については上のスライド資料内の記述に譲りますが、概略としては、学校教育とは一線を画した(つまり理科教育などではない)もので、青少年及び成人を対象に実生活に即した文化的教養や知識を高めることを目的とする学びのこと。青少年とは中学生以上(12〜25歳)を指し、成人とあわせて国民の多くが該当。つまり、社会教育は一般大衆のためのものであることが分かります。
中村
「わざわざ法律でこう定められているんです。なのに、なんで一部の水族館は子どもの教育に固執しちゃうんやろな…。 『ウチの水族館は社会教育施設として、この町の皆さんの文化的教養を高めるためにあるです』ということが言えれば、また『そのために我々はこのような活動をしています』ということが言えれば、子どもの数が減ろうがなんだろうが…」
テリー
「ちゃんと存在理由がありますね!」
中村
「その通り!」
■ 社会教育施設である水族館に与えられた2つの使命
中村
「次の資料はこれからの水族館がやっていかなくちゃいけないことをまとめたものです。これができている水族館はこれからもグッと伸びていく(つまり生き残れる)」
使命1:大人の知的好奇心を刺激し、心身をリ・クリエイト
水中環境や生命の力などを出来る限り多くの人に見せることにより、自発的な好奇心の喚起すること。
中村
「僕が考える一番良い展示というのは、誰もがジーッと食い入るように見てしまう展示です。極論その水槽にどんな生き物がいるかは関係なくて、水槽を見て『なんだか凄い世界だなぁ!』とグッと惹き込まれて自分で何かを発見できること! 例えば『あそこでニョヨニョロした魚が顔だけ出しているんやど、出てきて全身を見せてくれへんかなぁ』とか、『魚の群れって何故あんなに綺麗で不思議な形なんだろう? あっ、また形変わったで!』とかね、ついつい目が離せなくなって、自分自身で何かを掴んでくることができる。」
テリー
「自然に好奇心が湧くんですね。」
中村
「そう! その好奇心もそれぞれ。一人ひとり違う感性を持ってるからね。興味を持つことも違うし、それに対して考えたり想像したりすることも違う。水槽を見たときに喚起されるそれらの方向性が多様であればあるほど確実に良い展示であると言えます。」
そして、水塊によって心身をリ・クリエイトする。JAZAの4つの役割に出てきた「レクリエーション」は単なる「娯楽」の意味合いが強いものでしたが、本来は「リ・クリエ-ション」、心と体の再生産(再構築)を意味します。水中の青色や煌めき、浮遊感、立体感、清涼感、命の躍動感など、非日常の世界に没入できることが望ましい。
中村
「僕も気分が晴れない時は仕事場の水槽を見に行ったりします。すると、そこには ”非日常の世界” があって気分が癒され晴れるわけです。しかも自分がプロデュースした水槽なのに新たな発見や気づきがあるんよ! こういった体験ができる水族館はお客さんに強く支持されます。」
使命2:地域活性化、まちづくり、観光の拠点として
中村
「もう一つ、これからの社会的教育的施設は『地域活性・まちづくりの拠点としての機能への期待』及び『まちづくり行政、観光行政等、他の行政分野との一体的な取り組み』を推進することが求められます。これも国(※)がわざわざそう言っているんです。」
※文科省総合教育政策局・指針より
とりわけ、近年、地方の公立水族館においては、より強くその役割が求められるようになっています。。
中村
「さっきも言ったよね、水族館がその地域の誇りになれるかどうかが重要だって。積極的にその体制ができている水族館は集客にも成功しています。」
いくつか実例を挙げてくれましたので、次のページにまとめてみました。