2024秋(vol.48)~動物園水族館の使命〜
■ 水族館の強みは自然疑似体験
テリー
「今日は水族館だけでなく動物園も含めた ”使命” がテーマですけど、動物園と水族館の使命の方向性は一緒なんですか?」
動物園と水族館は共に自然科学系博物館の一館種であり、同じ使命を負っていると考えるのが自然です。但し、使命の果たし方という観点では、両者の展示の性質が大きく異なるため、必然的に違いが生じてきます。
中村
「動物園ってさ、やっぱり動物そのものを見ないことには始まらないじゃない? でも水族館は水中を見に来ているお客さんの方が確実に多い。個々の生き物に興味がなくても、彼らが暮らす水中世界には凄く興味を惹かれるんです。」
ところで、昔の(それこそ昭和の時代の)水族館は、動物園に比べて弱点だらけの施設だったそうです。というのも、動物園は簡単な檻さえあれば最低限の飼育は可能ですが、水族館の場合は最低限の飼育をするだけも数多くの条件をクリアしなければなりません。
中村
「イルカもカニもエビも魚も水がなくちゃ生きられへん。水族館の展示を作るには、まず水を用意しなくちゃいけない。」
変温動物である魚類は水温の変化に非常に敏感であり、飼育には厳密な水温管理が要求されます。pH、硬度も飼育において重要な要素であり、溶存酸素濃度が低ければ魚は酸欠状態に陥って死んでしまいます。もちろん濾過システムも必須。大きな生き物を飼育するには大きな水槽が必要で、当然相応の強度が求められます。
中村
「それらを全て満たそうとするとメチャクチャお金がかかるんです。だから昔の水族館は本当に小さな施設でしかなかったんですね」

中村
「だけど、ほら! 僕の展示論で『弱点を進化の武器にするんだ』という話を良くしているやん?」
水族館は多くの弱点があったからこそ、動物園とは違った進化を遂げたのだそうです。「水を用意する」という高いハードルを最初に越えなければなりませんでしたが、それをクリアすると、生き物だけでなくその生息環境をも一緒に水槽内に再現する展示が可能となりました。やがて技術革新とバブル景気で超巨大水槽も続々と誕生。こうなると水槽の前に立てば、もうそこは海の中の世界です!(何も巨大水槽を作らずとも、中村さんは海の中を切り取ってきたかのような水中感、浮遊感、清涼感ある光景を水族館の展示に創り上げてしまいます。中村さんはこれを “水塊” 名付けています)
最近ではVR(仮想現実)やAR(拡張現実)による没入感が話題ですが、
テリー
「そういうエンタメが増えましたね。」
中村
「うん。でも水族館で得られるのは没入感ではなく『本当に海の中に行った!』という疑似体験なんです。例えば、美ら海水族館に行けば、水着になるのを躊躇いがちな中高年の方々も沖縄の海の中を泳いだ気持ちになれるし、時間とお金が必要なダイビングをしなくても沖縄本島では殆ど見られなくなってしまった本物のサンゴ礁を目の前で見てくることができる。」
中村さんは常々、水族館のスタッフに「フィールドに出ることの大切さ」を説いています。フィールドに出て自身が強く感動した光景を展示に再現する。それが中村さんの展示開発の基本原則であり出発点です。そして、その展示を通して、お客さんに同じ感動を疑似体験してもらう。
中村
「その時に、そこにちゃんと命があるということが凄く大事なんです。」
今やありとあらゆる動画が世に溢れている時代。スマホを片手にちょっと検索をするだけで、水中から陸上まで多種多様な生き物の暮らしを高品位な映像で視聴することができます。しかし、「映像だけで見ていてもその生き物を本当に愛おしくはならないし、実在のものとして感じることもできない」と中村さん。特に最近は生成AIの精度が格段に向上し、真偽の見極めが困難な写真や映像が大量に出回るなど、現実と映像が余計に結びつきにくくなっています。
中村
「だからこそ、命がそこで躍動しているということが大事。命が新たな命を生んでいる、命が他の命を食べているという展示もあります。それは(疑似だけれどリアルな)自然体験そのものなんです。その体験を通して、それぞれの教養、それぞれの感性、それぞれの知識の中で、自分自身で何かを発見できるのが水族館や! 水族館の使命はここから始まっていくんちゃうかなって思ってるわけです。」
一方で動物園についてですが、飼育する上での機能性と作業性ばかりを優先し、メッセージ性の伴わない展示が目立ちます。2019年夏の超水族館ナイトにゲスト出演した本田直也さん(当時・円山動物園学芸員/現・本田ハビタットデザイン株式会社代表取締役)は、そのような動物園の展示施設を「公開型畜舎」と表現していましたが、水中環境ごと再現する水族館の展示とはかけ離れた印象を受けます。もちろん、近年、動物園でも生息環境を可能な限り再現する「生息環境展示」が導入され始めるなど、動物園も変わろうしています。しかし、動物そのものを見せることが主体の動物園では、水族館とはまた違ったアプローチが必要であるとも感じます。その一つの答えを示してくれたのが、旭山動物園の ”行動展示” ではないでしょうか。(行動展示については第二部で触れますので、後ほど詳しく…)
■ 深海を疑似体験!?
さて、話を水族館に戻しましょう。
中村
「没入感ではなく疑似体験というのを凄く実感できる新しい展示ができたんよ!」
それが竹島水族館のリニューアルで増築された新館のシンボル『深海大水槽』。水深200メートル以上の深海の海底を再現した水槽で、13匹のタカアシガニと5種類の深海魚が展示されています。幅7メートル、縦3.5メートル、水量120トンは深海展示では国内屈指の大きさ。水槽手前のアクリル面を円弧にしたり、天井や壁を見えなくする工夫で、暗闇の先にどこまでも広がる深さや奥行きを感じる水中世界が広がっています。圧倒的な深海感を演出するために「照明の色や当て方には徹底的にこだわった(小林館長)」とのこと。


撮影した「深海大水槽」の写真。
一生を終えたクジラが海底に沈み深海に棲む生き物たち(鯨骨生物群集)に食べ尽くされる深海ならではの生態系をリアルな鯨骨オブジェで表現。タカアシガニが暮らす深海底にはゴツゴツした岩は全くないそうで、代わりに所々で存在するという断層を水槽内に設けています。その舞台(断層上)にいるタカアシガニたちが、潜水艇をイメージしたサーチライトに照らされ、ゆっくりと浮かび上がる光景は神秘的で、ついつい時間を忘れて見入ってしまいます。

なんと断層は下から覗くことが可能!

テリー
「いいじゃないですか! スクリーン越しでも、深くて静かで冷たい感じが伝わってきます。」
中村
「なっ、ええやろ!(ドヤ顔) 自分で勝手に『たけしま深海大水塊』と名付けているんやけどね。こういうイメージがあれば、日本という国の目の前にある海の中に ”深海世界” が広がっていて、そこには大きなカニがおったり、魚がゆっくり泳いだりしているんだ…ということが ”体験” として分かるんです。これがメチャクチャ大事なこと! 実際に深海に行って見てきた気持ちになれる!これが凄く良いと思うんです。」
そして、もう一つ! こちらのリニューアルで屋外に新設された新カピバラ展示場にも注目です。


手前には広い水場(プール)も。
中村
「これも凄く良くなったと思わん? 特に後ろの緑がさ!」
カピバラの主な生息地である南米東部のアマゾン川流域に極力寄せた植栽を施しているとのこと。
中村
「単にカピバラを見せるだけではなく、どのようなところで暮らしているのかも正しく見せて、お客さんが『南米に行ってカピバラの写真を撮ってきた』かのように思ってくれる。そんな自然観察体験を提供できるかどうかが、これから重要になっていくと思っているわけです。」
テリー
「いやぁ、いいですね! この写真だけ見たらとてもタケスイとは思えない。 あっ、でも余談なんですが、タケスイが ”ショボスイ” でなくなったら ”売り”がなくなってしまうんじゃないですか?」
中村
「うーん、そこなんよ(苦笑)。まぁ、でも元々のショボイ方の水族館(旧館)は残っているし、何より新しい展示が完成するまでの辿り着き方がショボイからね。」
地元企業のバックアップもあって新館が増築されたものの、まだまだビンボー水族館。新しく出来た展示も飼育スタッフの手作りアイデア(ビンボー頭脳大作戦)で低予算で実現しています。例えば、
中村
「深海大水槽のイイ感じのサーチライト、あれはタケスイが発明した扇風機型サーチライトや!」
テリー
「あっ、その言い方は確かにショボイですね!(笑)」
客席:(笑)
中村
「カピバラエリアの植栽もスタッフが一生懸命に鉢植えを並べているんよ。鉢が見えないように上手に隠しながら。」
ピカピカの新館2階には事務室がありますが、なんと事務机はボロボロという衝撃のコントラスト。ご安心ください。リニューアルしても『ショボスイ魂』は健在です!

創意工夫で驚きの展示を実現!