水族館プロデューサー 中村 元水族館プロデューサー 中村 元

イベントレポート

2024秋(vol.48)~動物園水族館の使命〜

 

■ 動物福祉と行動展示

中村
「僕は今の話を聞いて、飼育係さえその気になれば ”行動展示” はなんぼでもできるなぁと思ったんです。」

小菅
「できる!」

中村
「その割には旭山動物園以外で行動展示があまり広まっていないですよね、なぜなんでしょう?」

小菅
「一つには、最近、何かにつけ動物福祉って言いますよね。みんな誤解してると思うの。動物がノーストレスで安心して暮らせるのが動物福祉だと多くの人が言っているのだけれど、それは家畜の場合。家畜の福祉はそれでいい。でも野生動物たちは元々ストレスフルな世界に生きていてね、あらゆるストレスに対応できる能力を持っているんですよ。なのにそれを動物園では発揮させていない。発揮させない方が私は動物たちにとってストレスなんじゃないかと思うんです。」

中村
「僕は動物園や水族館にいる生き物は退屈地獄に陥っていると思っているんです。」

小菅
「全く同じ考え。野生で当たり前に受けているはずの刺激がないんだよ。例えば、ボルネオ島に野生のオランウータンを見に行った時にね、オスの近くにたまたま別のオスがいて、ロングコール(付近にいる他のオスに対するけん制や周辺のメスに対するアピールする独特の声)を発したわけ。それを聞いたもう1頭のオスはどんな表情、どんな反応をするのか。それは野生では極めて重要な刺激であって、動物園で飼育しているオランウータンのオスにも聞かせるべきだと思っているのね。」

 

必要なストレスや刺激は
むしろ与えるべきと小菅さん。

 

小菅
「それとチンパンジーはヘビがものすごく嫌うのを知っていますか?」

なんでも竹製の蛇の玩具を見せただけでも大騒ぎで逃げて行くとか。

小菅
「それはつまりヘビのあの形がもう遺伝的に恐怖に感じるようになっているわけですよ。だからチンパンジーの飼育担当者に言ったんです。(展示場に)ヘビを入れろって。アオダイショウなんてそこらへんにいくらでもいるしね。怖がるかもしれないけど、チンパンジーがアオダイショウにやられるわけがないんだから。」

動物園で飼育されているチンパンジーにはあまりに平和で恐怖心という刺激がありません。それを呼び覚ますにはヘビとの遭遇は格好の機会に思えますが、

小菅
「でもチンパンジーの飼育担当者はヘビを入れようとはしないんだよ。『小菅さん、動物福祉って知ってますか?』だって。動物福祉というのを履き違えている。そう考えると動物園ではまだまだやれていない展示がいっぱいあるなぁと思うんです。」

例えば、こんな展示が実現したら面白いのでは? 小菅さんがアイデアを2つほど話してくれました。

 

①チンパンジーの縄張りチェンジ

日本の動物園ではチンパンジーは当たり前のようにオス1頭メス複数頭からなる群れで飼育されていますが、野生下ではオスとメスが同数の群れ(30頭の群れなら ♂15 ♀15)も珍しくないと言います。野生ではチンパンジーの群れの近くには、また別のチンパンジーの群れが存在し、縄張り争いはしばしば殺し合いにも発展します。

小菅
「群れ同士が喧嘩になった時にメスは戦わないのでオス同士で協力する必要がある。だから群れに複数のオスがいて、俺が現地で見ていた限りではグルーミングもオス同士で行っている場合の方が多かった。いざとなったら俺の後ろで一緒に戦ってくれよってことだろうね。」

物園で複数のチンパンジーのオスを同一のスペースに放すのはさすがに無理ですが、

小菅
「例えば、一つの運動場をいくつかのスペースに区切って、それぞれに群れ(ハーレム)が暮らしていてね、それを時々ローテーションで入れ替えてみるとかね。」

中村
「それは面白いですね。昨日までの縄張りと違うぞ!? 昨日までいた場所が別の群れに奪われている!?ってなりますよね。 」

小菅
「そうやって常に緊張感のある暮らしをさせる。野生さながらの刺激が沢山ある。それが一番の動物福祉だと私は思うんですよ!」

 

②動物地理学展示+行動展示

小菅さんは旭山動物園退職後にアフリカのサバンナを見に行ったことがあるそうで、

小菅
「よく動物園の動物は寝てばっかりでつまらないと言われるんだけど、実際の野生動物がどれだけ動いているかと言ったら、ライオンなんて昼間はずっと木陰で寝ていて全く動かないんだから。滞在している間に一度もライオンが動いているところを見なかった。そして、そのライオンの周りでシマウマなどの草食獣はのんびりと餌を食べている。」

でも、小菅さんはあることに気づきます。キリンだけはライオンをしっかりと注視しているのだそうです。そして(視線の低い)他の草食獣はキリンの様子を伺っている。

小菅
「キリンがピクッとすると他の草食獣もみんなザワッとなって緊張感が走る。ライオンの近くで草食獣がのんびり餌を食べているのはキリンが動じていない(つまりライオンが寝ていて危機がないことを把握している)からなんだよ。やっぱりコレなんだよなぁと思ったの。」

近年の動物園では動物地理学展示(同じ地域に生息する動物をひとつのスペースで展示したもの)の導入も進んでいて、実際はそれぞれの動物群の毎に堀や柵で仕切られているものの、あたかも肉食動物と草食動物が同じ空間に同居しているように見せるパノラマ展示を行うケースも増えています。それに留まらず、サバンナのキリンとライオンと他の草食獣ような静的だけれど野生さながらの行動や関係性を展示できたら、動物園はまだまだ面白くなりそうです。

 

■ 動物園の使命とは

最後に小菅さんが動物園(水族館含む)の使命について語ってくれました。

 

小菅さんが「動物園の使命」を語る。
中村さんも表情も真剣でした。

小菅
「やっぱり動物園はね、多くの人にまず来てもらって、そして動物の味方になってもらうのが一番だと考えてます。動物園で色々な動物を見て、その中の1種類だけ、2種類だけでもいい、『私はこの動物が好き!』『この動物のためなら何とかしてあげたい!』と思ってくれる人が生まれて、そういう人がいっぱい地球上に溢れてきたら、それが野生動物保全に繋がるし、地球の自然環境の保全にも繋がる。それが動物園の一番大きな使命なんだよ。だって動物を保護してくれる人は、動物好きな人しかいないのだから。だから動物好きの人をいっぱい育てて、できれば、そこに多様様性があれば尚良いよね。皆さんクモは好きですか? 苦手な人多いですよね? クモが嫌いな人に『この種類のクモが絶滅寸前だから助けましょう、保護しましょう』と言って賛同してくれると思いますか? してくれませんよね。そういうもんなんです。」

でも、世の中には少数派だけれどクモが大好きでクモに魅了されている人たちも確実に存在しています。先ほどチンパンジーはヘビが苦手と言う話がありましたが、チンパンジーと共通の祖先を持つと言われる人間もヘビを嫌う人が多いです。

小菅
「僕が調べたところではね、ヘビが嫌いな人、クモが嫌いな人、毛虫が嫌いな人がだいだい3分の1ずつ。そのうちどこかおかしいのがね、『何でもない』という人!」

客席:(笑)

小菅
「この中にもいるでしょ? むしろ大好き、何だったら食っちゃおうかみたいな人(笑)」

中村
「います、います! 特に超水族館ナイトのお客さんには多いと思います!(笑)」

それが多様性。今まで苦手だと思っていた生き物を、動物園や水族館で見ているうちに興味を持った、好きなったという話も決して珍しくありません。

小菅
「動物園は哺乳類だけでなく、鳥類から爬虫類、両生類まで沢山の種類がいて、それこそ多様性を体験できるが動物園の世界。その体験をする中で、ある生き物にシンパシーを感じたり、心を引き寄せられたりした人たちが、いざとなった時に、その生き物たちの力になってくれると信じて、そういう人たちをどんどん育て続けていくこと。その流れを決して切らないように、動物園と共に一緒にいてもらえるようにしていくこと。そして、動物園で、もちろん水族館でも、何かを語る時は常に ”野生のこと” を語りましょう。それ続けることで、僕は動物園も水族館も大きな使命が果たせると思うんです。」

客席:(大拍手)

 


 

まとめ

水族館における中村さんの水塊、そして、動物園における小菅さんの行動展示。両者の展示様式は大きく異なりますが、飼育係自身が見て感動したものを展示をしてお客さんにも同じ感動体験してもらうという展示開発の出発点は全く同じであること、そして何より、中村さんが語る「水族館の使命」と、小菅さんが語る「動物園の使命」が完全に一致していたのは、超水族館ナイトに長く参加している客の一人として嬉しくもあり誇らしくもありました。また小菅さんの「動物園は多様性を体験する場所である」という発言も、超水族館ナイトの過去のテーマに合致する点が多く、まさに ”腑に落ちる” 感覚の連続で、そんな楽しい時間は本当にあっという間でした。超水族館ナイトはあと2回で終了となりますが、いつかこの続きが聞きたいです。

 

超水族館ナイトに新たな伝説が誕生!

 

※レポートはあと1ページあります。
 もう少しだけお付き合いください。

 

2024/10/20