水族館プロデューサー 中村 元水族館プロデューサー 中村 元

イベントレポート

2024秋(vol.48)~動物園水族館の使命〜

 

第二部より

後半戦はゲストトーク。
中村さんが尊敬してやまないという旭山動物園・元園長、小菅正夫さんがステージに!

 

GUEST:小菅正夫

1948年、北海道札幌市出身。
日本最北の動物園を入園者数日本一に復活させた当時の旭山動物園の元園長。旭山動物園に就職後、飼育係長、副園長などを歴任し1995年には園長に就任。
園長就任当初の入場者数がどん底で、閉園の危機に立たされていた旭山動物園だったが、理想の動物園構想をもとに、アザラシの「マリンウェイ」や水中トンネルの「ぺんぎん館」などで動物園のイメージを一新。月間入園者数日本一を達成するなど、日本最北の小さな動物園を日本有数の入園者を誇る動物園にまで育て上げた。現在は札幌市の参与として円山動物園の担当。著書に『<旭山動物園>革命』『生きる意味って何だろう?』など多数。

 

小菅正夫さん
(旭山動物園 元園長/円山動物園参与)

 

小菅さんは子どもの頃から魚を飼うのが大好きだったそうで、水族館にもよく通っていたそうです。これも以前の超水族館ナイトで議論された話題ですが、動物園のスタッフは畜産学・獣医学などを学んきた人が多く、家畜や愛玩動物には詳しいものの、就職当初は野生動物に対する専門知識が乏しい傾向があるそうです。一方で水族館のスタッフは水産学系の学校を出て就職する人が多く、水産学は基本的には野生生物を相手した学問であることから、野生生物に対する理解度が全体的に高いと言われています。

小菅
「俺(※小菅さんは獣医学部出身)もそうだったんだけど、野生動物のことをシッカリ勉強して動物園に入るんじゃなくて、何も分からないまま動物園に入っちゃう人が多くてね。だからなのか、水族館と動物園を比べた時に、しっかりとした理論構成をしている園館長さんは昔から水族館に多かったね。動物園にも有名な園長さんは沢山いらっしゃるのだけれど、理論構成までキチンとできていて『凄い!』と思える園長さんには残念ながら出会わなかったなぁ。前半(第一部)で、動物園と水族館の違いとか、JAZAの話があったけど、僕は現役の時から動物園と水族館は別々の協会を作るべきだと思っていてね、それを実際にJAZAに提案したこともあるんですよ。あっさり否定されましたけどね(苦笑)」

中村
「でも、そうやって提案をされたという行動力が凄いなと感心します。僕がもしどこかの水族館の館長をやっていてJAZAに入っていたとしたら、すぐ嫌になって脱退しただろうなって気がします。(笑)」

小菅
「いや、自分は所属している組織を見捨てたりはしない。旭山動物園を見捨てなかったようにね、どうなるか分からないけれど、自分が良くなると思う方向に変えようと努力をする。どうにもならないから辞めようという考えにはならない性格なんですよね。」

中村
「それで見事に旭山動物園を変えられた!」

小菅
「いや、あれは俺が変えたというよりは、当時の飼育係はみんなのアイデアを持っていたんですよ。それをきちんと理論構成して一つの塊にした上で俺が提案として持って行っただけで。それを実現してくれたのは当時の市長なんです。」

 

ついに始まった超水族館&超動物園
レジェンドトーク!

 

■ 旭山動物園、復活ストーリー

1994年、旭川市で新市長が誕生しました。すると、ほどなくして動物園に新市長から電話がかかってきて、小菅さんが市長室に呼ばれました。当時、旭山動物園は入園者が激減し、閉園の危機に直面していました。飼育係の間でも「もうこの動物園はなくなるだろう」という悲観的な会話がなされていたそうです。

小菅
「きっとそういう話だろうな、そう思って市長室に行ったんです。そうしたら市長は僕にこう言ったんです。『小菅さんは動物園について色々なことを考えてくださっているそうですね。ぜひその考えを聞かせてください。そして、もしそれが実現したらどんな動物園になりますかね?』って。だから10年ぐらいかけて貯め込んだアイデアをただただ喋ったんですね。」

当初30分を予定していた面会は2時間にも及んだそうです。

小菅
「その1週間後だよ、今度は市長が動物園に来たの。あの人は真剣に俺の話を聞いてくれて、本当にそういう動物園を作ろうと思ってくれたんだろうね。さらに驚いたのが『飼育係を集めてほしい、彼らとも話がしたい』って言うんだよ。」

飼育係との対話集会が終えた市長は小菅さんにこう言ったそうです。

小菅
「『飼育係の皆さん、小菅さんと全く同じこと仰っていましたね!』って。市長は俺が一人で勝手にやろうとしているのか、現場と一体になってやろうとしているのかを確認しに来たんだと思ったね。だから旭山動物園を本当の意味で変えたのは、当時のあの市長なんですよ!立派な方だったなぁ。」

中村
「なるほど。でも僕が思うに市長さんも間違いなく立派ですけど、スタッフの意見を聞いてそれを纏め上げて誰にかに伝えることができる園長や館長は殆どいませんから、そこがやっぱり小菅さんの凄いところだなぁと思うんです。」

小菅
「だって税金が何億円もかかるだもん。単なるアイデアだけでできるわけがない、理論構成がしっかりしていないと! ただ、理論構成をする上で助かったのは、当時の旭山動物園の飼育係は僕を入れて10人だったからね、話が凄く近かった。昼飯も毎日一緒に食べていたし、月1回の勉強会もやっていたからね。」

中村
「小菅さんが勉強会をずっとやられていたという話は本で読んだことあります。勉強会っていいですよね!」

小菅
「下手すりゃ悪口の言い合いになってしまいような勉強会だったけどね(笑)」

それは互いに本音で意見を交わしていたからこそ。そして、小菅さんはその勉強会をいかなる事情があっても絶対に中止や延期にはしなかったそうです。ある時、多くの仕事が立て込んでいて飼育係の一人が「忙しいから来週の勉強会は止めにしよう」と言い出し、他の飼育係も同調するような雰囲気に…。

小菅
「『そうか、分かった。でも俺は一人でも勉強会やるぞ!』って言ったの。そしたら当日みんなちゃんと集まった!」

また「ワンポイントガイド」という飼育係が当番制で担当動物について解説をおこなうイベントがあるのですが、これについても、

小菅
「ある時、サルの飼育担当者が『今日は大雨で園内に殆どお客さんがいないからワンポイントガイドはやらない』と言い出した。『それは約束違反だから絶対にやってください!』って言いました。お客さんがいなくてもサルが聞いているぞ!って。」

中村
「……、やめてもいいと思うんだけどなぁ(苦笑&小声)」

客席:(笑)

小菅
「ダメなの!! 絶対にやらなくちゃ!! 園内にいるお客さんを探して一生懸命に集めたら4人来てくれた。その後ろに飼育係8人いましたけどね。」

テリー
「お客さんより飼育係の方が倍多い!(笑)」

人はついつい楽な方に逃げしまうもの。「理由を言い始めたら絶対に続かない」と小菅さん。一度やると決めたことは絶対にやる、そんな誠意ある集団でなければ、いざ何かを成そうとした時に戦力にならないのだそうです。事実、有言実行のバイタリティ溢れる仲間との結束によって、旭山動物園は従来で考えられなかった画期的な展示をいくつも誕生させていきました。

 

中村さんと小菅さんのトークに
客席も全力集中!

   

2024/10/20