水族館プロデューサー 中村 元水族館プロデューサー 中村 元

イベントレポート

2025秋(vol.49)~ぼくらはギリギリ生きている!〜

  

■ 窮地を乗り越えて ”生きる力” をUP!

瞬間瞬間で生きるか死ぬかの生存競争を繰り広げている野生生物に比べて、人間はどんなに気楽に生きていることか。人間一人ひとりの力なんて野生生物の力強さの前には微々たるものと言えそうです。裏を返せば、生きるか死ぬかのギリギリの経験をしている人は、野生生物さながらの ”生きる力” を蓄えているのかも…!?

中村:
「トモ子さんは本当にギリギリ生きていて、この後の第二部でそのギリギリ具合を曝け出してもらおうと思うんやけど、実は僕もギリギリ生きている。以前の超水族館ナイトでも話したことがあったと思うんやけど、水族館の仕事をしていて何度か死にそうになったことがあるんです。1度目はフィリピンにジュゴン(セレナ)を捕りに行った時に死にかけました。野生のジュゴンって凄いのよ。それまでは水族館にいるジュゴンしか見てこなかったから、なんだか鈍臭そうだし簡単に捕まえられるだろうと思っていたのね。」

ところが、いざ捕獲しようとするとなかなか捕まえられない。網のちょっとした隙間を見つけてはスルスルと器用に逃げていく。うまく網に捕らえたと思ったら今度はジャンプで網を飛び越え逃げていく。何度も何度もやり直したそうです。その際、サンゴが多く生息している海域のため、それらを傷めてしまわないように、都度、海に潜ってサンゴに引っ掛かっている網を外す作業が行われていました。その最中にアクシデントが発生! 海底で作業をしていた中村さんが腕にはめていたダイバーズウオッチのリューズに、網が絡まってしまったそうです。

  

身振りを交えて当時を状況を語る。
突如訪れた死の恐怖!

   

中村:
「解こうとしたら余計に固くグルグル巻きになってしまって解けない。ダイビング機材が足りなかったので、僕はスキンダイビングで作業をしていました。だから海底にいたら息ができないわけです。これはエライことや…と。ただ、当時のダイビングのトレーニングって凄く厳しくて、(足ヒレを付けた状態で)10kgの重りを持って10分間ずっと立泳ぎができないと次の技術を教えてくれなかったんです。『俺はそれをクリアしているから、その力を発揮すればなんとかなるはずや!』と思って海面に向かって一生懸命に泳ぎました。」

なんとか海面付近に辿り着いてシュノーケルで呼吸はできたものの、その状態では声を出して助けを呼ぶことはできず、依然として海中の網に腕を引っ張られた状態が続く…。

中村:
「空気をできるだけいっぱい吸って海の中に戻って、もう一度網を解こうとするんやけどやっぱり解けない。そうこうしているうちにまた苦しくなってくるからに呼吸をにし行って…。それを繰り返しているうちに、だんだん足が疲れてきて呼吸に上がるのもやっとになってきた。本気で『これはアカンちゃうか!?』って思いました。その時、ハッと気が付いたんです! あっ、そうか! 腕時計を外したらええやん!って。」

客席:(笑)

テリー:
「ですよねぇ(笑)。また高価な時計してたんじゃないですか?」

中村:
「いやいや(苦笑)。素潜りで作業できていたぐらいの浅いところやったからね、外した時計は後でボンベを背負ったやつに回収に行ってもらったらええんよ。」

海や川で思わぬアクシデントに見舞われるとパニックを起こして冷静な判断できなくなるというのは非常によく聞く話です。中村さんも半ばその状態に陥りかけていて、ともすれば命を落としかねない危険な状態にありました。

中村:
「本当にあのまま死んどったかも分からん。でも、そこからで生き戻ったわけです。 今になって振り返ると ”今の僕” ってあの時にずいぶん作られたなぁと思うんです。あの経験があったからこそ、どんなに苦しい状況でも『絶対どこかに道はある』『何かを忘れているだけ』『何かを見落としているだけ』と考えられるようになりました。」

中村さんが水族館プロデュースで活用している『弱点を武器に変える発想』も原点を辿れば、あの時の ” 死にかけた経験” に行き着くのだそうです。

  

必ず道はある!

   

中村:
「それからタスマニアにオットセイの水中撮影をしに行った時にも死にかけました。」

この時はドライスーツに酸素ボンベという万全の態勢で海に潜ったはずが、ジャイアントケルプ(長さ50~60メートルにまで成長する世界最大の海藻)に足を絡め取られてしまい、船に戻ることが出来なくなってしまったそうです。

中村:
「また大ピンチやん? でも俺にはあの時の ”死にかけて生還した” 経験があるからね。落ち着いて脱出する方法を考えました。せや、エアーを絞り気味にして海の中でジッとしていたら先に上がった仲間たちが『あれ遅いな?』と探しに来てくれるはずや! よし、この作戦で行こう! …と思ったんやけど、ふと思い出したんです。サメがおるんやって!」

その海域ではホオジロザメが出現していて、ちょうど1週間前にダイバーが襲われる事故があったことを事前に船長から聞かされていました。海中でのんびり漂っている場合ではなく、撮るものを撮って速やかに引き上げなければならない状況でした。

中村:
「これはヤバイぞ! そう思ったら急に怖くなってパニックになりかけました。」

そのような状況でも中村さんは必死に「パニックを起こすな!」「冷静になれ!」と自分に言い聞かせながら、助かる方法を真剣に考え続け、

中村:
「海の中に下りてくる時に周囲を見渡しながらグルグルと回っていたことを思い出したんです。確かこっち回りだったかな? じゃあ、その逆に回りをしながら上がってみよう…と。そうしたら、スルスルっと解けました!」

テリー:
「そこでよく冷静になれましたね!」

中村:
「最初の経験がなかったらきっとダメやったわ。いざという時に冷静になって考えられることって凄く大事よね。皆さんは死にかけたことってありますか? 多分ね、そんな経験をした時って、凄く人生が変わるんじゃないかと思うんです。僕は本当にあの時に覚醒したなぁと思うんです。」

「いっぺん死んで来い!」なんてセリフを聞いたことがあるかと思いますが、言葉自体は決して綺麗なものではありませんが、人は生死の淵に立たされ、それを乗り越えた時、その人生と人生観が大きく変わるもの。窮地に陥ってそこから這い上がった経験があればあるほど、人は強くなるだけでなく考える力も増していく。中村さんはそれを身をもって学んだそうです。そして、同様のことが水族館にも言ええます。

中村:
「潰れかけながら必死になって蘇った水族館はどこまでも強いからね!」

 

■ 野生のリアルを伝える展示を

野生生物が生きるか死ぬかの危機に瀕すると、大体はそこで命を落としてしまうと言われています。そして、一難去ってもまた一難。危機は何度も何度も繰り返し訪れます。

中村:
「その時々で死ななかったごく一部のヤツだけが成功者として大人になっていく。しかも、子孫を残せるのはその成功者の中でもほんの一握りだけなんです。もうギリギリもギリギリ! 野生というのは、生きていく方がおかしい世界、子孫を残せる方がおかしい世界なんです。」

昨年秋の超水族館ナイト(vol.48)で、ゲスト出演した旭山動物園の元園長(現・円山動物園参与)小菅正夫さんが「動物園に来てくれたお客さんが動物を眺めながら『かわいい』と言っているのを見て愕然とした。『かわいい』なんて動物に対する侮辱でしかない。お客さんに『動物ってスゲェ!』と言わせてこそ展示が成功したことになる」というお話をされていました。もちろん、お客さんは「かわいい」から入って全く構いません。 中村さんも「かわいい」をキッカケに生き物に興味を持ってもらうこと自体は歓迎しています。但し、動物園・水族館側は「かわいい」のその先が重要です。

中村:
「野生生物が実はもの凄い暮らしをしているんだというところまで、ちゃんと伝えられるようにならなければ、わざわざ野生の命を捕まえて閉じ込めている意味も理由はないんちゃうかなぁと思っているのね。そもそも動物が『かわいい』のも自然界の厳しさの一つの表われなんです。特に親から餌をもらって成長する生き物は絶対にかわいくできている。なぜなら親から沢山の世話を貰った方が勝ちやから。野生では醜いと見捨てられてしまったりもするからね。野生生物は生まれた瞬間からギリギリ生きているんです。『かわいい』の先にある野生の力強さまで伝えられたら良いよね。」

  

野生のリアルを伝えよ!
中村さんの熱いトークに聞き入る。

  

では、野生生物の ”本当の姿” をお客さんに伝える展示を実現するにはどうしたら良いでしょうか。 中村さんは動物園・水族館の飼育スタッフに「フィールドに出ることの大切さ」を事あるごとに説いています。フィールドで感動したシーンを展示に再現してお客さんに伝えること、それが中村さんの展示論のベースにある考え方だからです。

中村:
「例えば、僕は野生のペンギンが海の中を飛び回るように泳いでいる光景を見て感動しました。また、そのペンギンたちが海から離れた断崖絶壁に巣を作り、毎朝その大きな岩場を途中何度も転げながら降りてきては海に出て餌を捕り、夕方になるとまた何度も転げながら必死に崖を登って巣に戻っていくその姿にも感動しました。それらはまさにアスリートの美しさ、力強さなわけです。野生のペンギンはそんな凄い生活をしているんです。」

ところが、動物園や水族館で展示されているペンギンは多くの場合、陸上で飼育係から決まった時間に決まった量のエサをもらうため、多くの時間を陸上でぼんやりと過ごし、退屈しのぎにたまにプールに入る程度の生活。中村さんが野生のペンギンを見て感動したような ”アスリート要素” は皆無です。

中村:
「僕はね、動物園や水族館でペンギンを展示するなら野生の ”あの姿” しか本当は見せたくないんです。」

~~~ 客席から「できない!」との声 ~~~

中村:
「できない? はい、確かになかなかできないです。でも、それに少しでも近づけようと一生懸命に考える努力を動物園や水族館が続けてくれていたら、今日のあの(野生の姿とはかけ離れた)展示のようにはなってないやろって思っています。」

動物園・水族館という限られた空間で、野生と全く同じ営みを見せられるかといったら答えは「否」かもしれません。けれども(解説板などの文字情報ではなく) 展示を通して少しでも野生の本当の姿を見せて伝える工夫と努力を中村さんは求めています。

中村:
「もともと水族館が好きで、この超水族館ナイトにもよく来てくれていたお客さんなんだけれど、今は水族館よりも大自然の中で生き物を見る方が楽しくなって、もうそっちにしか行かなくなったという人が実は結構いるんです。僕はそれで良いと思っているのね。水族館でイルカを好きになって、野生のイルカに思いを馳せるようになり、どんどん興味が湧いて、結果、水族館に行くよりもずっとお金も時間もかかるけれど『ウォッチングクルーズやダイビングで野生の本物のイルカを見たい!』というね、そんな人をどんどん作っていけるような水族館、そのキッカケを与えられるような展示にしたいなと思っているわけです。」

  

2025/02/08